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命を繋ぐ分かれ道 ①

last update Dernière mise à jour: 2025-05-22 12:03:00

 風が唸りを上げ、砂塵が薄れゆく中、リノアとエレナは崩落した崖の縁に立ち尽くしていた。

 目の前に広がるのは、かつての街道を無残に塞ぐ土砂の山。岩と土が積み重なり、道を完全に閉ざしている。周囲の木々が不気味に揺れ、まるでこの場を去れと警告するかのようにざわめいていた。

 リノアの胸の奥で得体の知れない不安が渦を巻いた。硬質化した根や鉱石の謎が思考を絡め取る。

「このままじゃ、アークセリアまでたどり着けない……」

 リノアは視線を崖下に落とし、動かぬ旅人たちの姿に心を痛めながらも、思考を切り替えた。立ち止まることは許されない。この異変の真相をアークセリアのラヴィナに届けるためにも、先に進まなければならない。

 リノアとエレナは顔を見合わせ、お互いの意志を確認するように小さく頷いた。

 リノアは腰の袋から地図を取り出して広げた。風に煽られ、紙がバタバタと鳴る。

 地図には峠を越える主要な街道と、幾つかの脇道や獣道らしき細い線が記されている。

「どこか迂回路はないかな」

 リノアが指で地図をなぞり、そして続けた。

「少し遠回りになるけど、崖の西側に迂回路があるみたい

 崖沿いの道ではない。地盤は安定しているはずだ。

「獣道か……。あまり人が通らない道だね。獣に遭遇するかもよ」

 エレナが地図を覗き込み、眉を寄せた。

 旅人は安全な街道を通りたがる。獣道は途中にある集落の人が使う程度にしか使われていない。

「それでも行かなきゃ。ここに留まっていても仕方がないし」

 リノアの声は静かで揺るぎがない。

 エレナは、それ以上反論せず、頷いて荷物を背負い直した。

 森の薄暗い獣道の入り口で、リノアとエレナは集まった旅人たちと向き合った。

 負傷者たちは応急処置を終え、岩の陰や木々の間に横たわり、痛みを堪えるように静かに息をしている。

 崖崩れで塞がれた街道と、目の前に広がる不安定な獣道を前にリノアは逡巡した。負傷者を連れて迂回路を進むのは時間と危険を考えると現実的ではない。

 リノアはエレナと視線を交わし、互いの考えを確認するように頷いた。

「負傷者を連れて歩くのは難しい。負傷者をここに残して、私たちが近くの集落に助けを呼びに行くか、動ける旅人に私たちの村へ救援を求めてもらうか、そのどちらかだと思う」

 落ち着いて見えるが、リノアの内には焦りがある。

「集落の方が近いかもしれない
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  • 水鏡の星詠   命を繋ぐ分かれ道 ②

    「村に救援を求めるのが確実だと思う」 リノアが決断した。 クローヴ村なら、村長のクラウディア様が馬車と薬を用意してくれる。この中で村へ向かってくれる人がいたら助かるのだけど」 旅人たちの間から、一人の若い男が一歩、歩み出た。 背は細いが、肩にはがっしりとした荷袋を背負い、腰には革のベルトに小さな道具がぶら下がっている。風に晒された顔には旅慣れた雰囲気が漂い、目に宿る強い意志が周囲の不安を打ち消すようだった。「俺が行く」 男が短く答えた。声には迷いがない。 リノアは男の姿をじっと見つめた。 見覚えがあるわけではないが、彼の落ち着いた態度は、ただの旅人ではないことを物語っている。「お名前は?」 エレナが尋ねると、男は荷袋を軽く叩きながら答えた。「タリス。荷運びの仕事で、クローヴ村には何度か行ったことがある。元々、今回の旅も村に品物を届けるつもりだったんだ」 リノアとエレナは顔を見合わせた。ほのかに安堵が広がる。 クローヴ村への道を熟知し、村人とも顔見知りなら、彼は救援を求めるのに最適な人物と言える。 タリスは荷袋から小さな革の帳面を取り出し、さらりとページをめくった。「村長のクラウディアとも何度か取引をしてる。薬草や食料を運んだことがあるんだ。話は早いはずだ」「それならタリス、お願いします。クラウディア様に崩落のことを伝えて、馬車と薬、救助の手を借りて戻ってきて下さい」 リノアは頷き、地図を広げた。丸一日もあればクローヴ村には到着する。「分かった。地図なら大丈夫だ。荷運びの俺なら道に迷う心配はない。馬車を引く馬の足音まで覚えてるよ」 タリスは地図を一瞥し、自信に満ちた笑みを浮かべた。「荷運びのプロなら、負傷者を運ぶ馬車の準備も手慣れてそうね」 エレナがタリスの荷袋に目をやり、軽く口元を緩めた。「村に着いたら、すぐ動く。負傷者たちのために、急いで戻るよ」 タリスは頷き、荷袋を背負い直した。「道中、灰色のケープを着た男を見かけたら、近づかず隠れて。危険な奴かもしれないから」 リノアはタリスに簡単な食料と水を渡し、警告を付け加えた。「分かった。妙な奴には気をつけるよ」 タリスの目が一瞬鋭くなり、頷いた。 タリスが南へ向けて歩き出すと、もう一人の旅人──若い女が手を挙げた。「私も一緒に行きます。どうしても行かなければな

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  • 水鏡の星詠   街道での危機 ⑧

     リノアは木の幹へ歩み寄り、地面から露出した根を見つめた。 本来なら根が水分を保有し、土をしっかりと抱え込んでいるはずだ。だが、この根は……「エレナ、この根も乾いてる。普通なら、もっとしっとりしているのに」 リノアはしゃがみ込んで、指先で根に触れた。 その感触は朽ち果てた枝のように乾いていて、そこに宿るはずの生命のぬくもりが完全に消え去っていた。「まさか……木の根も硬質化しているってこと?」 そう言って、エレナもリノアのように木の根を確認した。「言われてみれば……確かに硬い」 本来持っているはずの柔軟性が失われている。 指先に伝わる感触は、まるで岩の表面を撫でているかのような冷たさと硬さ── 「硬質化し、固くなりすぎたせいで、逆に脆くなってしまった……」 リノアは息を詰めるように呟いた。 これだと衝撃を吸収することはできない。 リノアはゆっくりと顔を上げ、周囲の状況を改めて確認した。 通常ならばしなやかに土を掴み、生命を循環させるはずの根──。役割を失った根が、そこに横たわっている。 これが本当にかつて命を支えていた木の根なのか……。 リノアはその事実に思わず息を呑んだ。 星見の丘のあの光景が、エレナの脳裏に鮮明に蘇る。 あの時、硬質化した草花は、わずかな衝撃で粉々に砕け散った──脆いガラスのように……。「土砂崩れを防ぐはずの根が硬質化しているのなら……崖崩れが起きるのも当然ね」 エレナの言葉が冷たい現実を突きつける。 草花だけではなく、樹木をも枯らす──。この土砂崩れは、避けられない運命だったのかもしれない。 リノアは雲に覆われた空を仰いだ。 空は静かで重たく、どこか不穏な気配を孕んでいる。 星見の丘の異変と、ここの異変は、同じ原因によって発生した可能性が高い。──これは天災ではなく、人災だ。 リノアはゆっくりと立ち上がって、周囲を見渡した。エレナが身構え、気配を探るように視線を巡らせる。 人影たちが身を潜めて動いている。その正体は未だ霧の中……。 だが、ひとつだけ確かなことが言える。 彼らは、ここにも来たということだ。 風が二人の間を滑るように抜け、ざわめきを残して遠ざかっていく。 環境を破壊してまで、人影たちが手に入れようとしている『生命の欠片』とは一体、何なのだろうか。

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ⑦

     リノアは星見の丘で手に入れた水晶を取り出して、慎重に見比べた。 水晶と鉱石らしき物体──形状は似ているが、その質感と輝きには決定的な違いがある。「これらの鉱石をアークセリアに持って行きましょう」 エレナの言葉を聞いたリノアは小さく頷いて、自分の手にある鉱石らしき物体を布で包んだ。エレナも同じように包み込む。 リノアとエレナは袋をしっかりと閉じた後、周囲に視線を走らせた。 崖崩れの痕跡が広がっている。 ここで何が起こったのか。まだ謎は解けていない。崖崩れが起きた理由を調べなければ── リノアは考え込むように小さく息を吐き、土砂の広がりを観察した。 硬質化した草木や土、そしてこの鉱石らしき物体。これらが、この場所に影響を与えた可能性が高い。「普通に考えたら、崖崩れの原因は極端な気象になるよね」 エレナが腕を組みながら言った。「大雨が続けば地盤が緩んで、やがて崩れる。でも……ここ最近、大雨なんて降ってない……」 リノアはゆっくりと頷き、目を細めた。「そうなると、渇水が原因ってことになるか。渇水が長く続くと土は水分を失って結束力をなくしてしまう。ひび割れが広がって、ほんの僅かな衝撃で崩壊……」 エレナの視線は崩壊した崖へと向かった。 この崖も同じ状態になっているのかもしれない……。しかし、何か引っ掛かるものがある。 確かに、乾燥しすぎたことで砂の結束力が失われ、脆くなることもあるだろう。だが本当にそれだけで、ここまで大規模な崩落が起きるだろうか? しかも砂の渇きが原因なら、どうして、この場所だけ崩壊するのか。砂が渇いただけでは説明しきれない。 リノアの目は依然として鋭く、その奥では疑念が渦巻いている。リノアは唇を結び、崩れた地面を見つめた。──何かが足りない。原因は他にもあるはずだ。「それだけじゃないと思う」 リノアの言葉が場の空気を重くした。リノアの目が別の要因を探るように輝く。 リノアは身を屈めて、土の質感を確かめた。 思っている以上に水分が少ない。地面の表面だけではなく、内部まで乾燥している…… 普通、地下の層には適度な湿り気がある。しかし、ここの土は全てを奪われたかのように乾ききっている。 エレナも気になったのか、別の場所の土を掘って確認した。「こっちも……似たような状態になってる」 このあたりは適度に森が広が

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ⑥

     リノアは鉱石を見つめたまま、過去の記憶を呼び起こした。 星見の丘──あれは異様な光景だった。 鉱石のあった周囲の土は奇妙な色へと変化し、その部分に生えていた草木は硬質化し、枯れていた。 生命そのものが削り取られたかのように……「あの時と同じだ」 そう言って、リノアは腰の袋に手を伸ばした。 指先に伝わるのは、柔らかな布の感触──その内側に包まれているのは、星見の丘で手に入れた水晶だ。 リノアは直接触れないように細心の注意を払いながら、袋の口を開いて水晶を取り出した。 雲の切れ間から差し込む淡い光を受け、水晶がほのかに輝いている。 リノアは目線の高さまで、ゆっくりと水晶を持ち上げた。「やっぱり乾いてる……。じゃあ、ここにある鉱石に分泌液が付着しているのは、何故なんだろうね」 エレナはリノアが手に持っている水晶を見ながら言った。 沈黙が数秒続いた後、エレナはゆっくりと息を吐き、そして、リノアを見据えながら言葉を発した。「誰かが薬品か何かを付着させた。その直後のものってことじゃないかな」 エレナの声が張り詰めた空気に深く染み込む。「それか私たちが来る前まで少量の雨が降っていたとか」 そう言って、リノアは視線を落として考え込んだ。 鉱石の表面に残る分泌液──その不自然な湿り気がリノアの思考を巡らせる。「でも、周囲の土は乾いている。この鉱石だけが湿っているのは不自然……。いや、水分を保有する性質があるとするなら、それも有り得るか」 エレナの口調は冷静だが、内に秘めた警戒心が見て取れる。「だけど、エレナ……。これって本当に鉱石なのかな?」 鉱石に視線を注ぎながら、リノアは静かに言葉を紡いだ。 水晶の角度を変え、光の反射を確認する。その表面の異質な質感に、リノアの目がわずかに細められた。 鉱石──そう思い込んでいたが、心に引っ掛かるものがあった。『龍の涙』ほどではないが、この鉱石にはどことなく生命力を感じるのだ。 リノアの胸の奥に得体の知れない疑念が広がっていく。──もし仮に鉱石じゃないとするなら……これは一体、何なのか。 リノアは布越しに鉱石の表面を指でなぞった。──この硬さ…… リノアは周囲の変色した土へと視線を移した。 星見の丘で見た枯れた草木、変色した土──同じ現象がここでも起こっているのだとしたら……「ねえ、

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ⑤

     大雨による土砂崩れなら、それは単なる自然現象だ。人為的に木々を伐採したなどの理由がなければ、それを『荒廃』とは呼ばない。──何か手がかりはないだろうか。 風が吹き抜ける中、リノアは視線を崩落した地形へと戻した。──崩壊は局地的なもの…… 断片的だった情報がリノアの思考の中で、ゆっくりと繋がり始める。 そのリノアの様子を見つめていたエレナは、リノアが何か重大なことに気付き始めていることを察した。 考え込むときの、あのリノアの僅かな眉の動き、そして唇を結んで息を止めるようにして視線を遠くへ向ける仕草── リノアの視線の先──崩落した地形を見つめるその目には、何かを見極めようとする強い意志が宿っている。 エレナは崩落した地形をもう一度、見渡した。 エレナの胸の奥でかすかな違和感が膨らんでいく。 風化や時間の経過による自然の崩落ではなく、まるで何かがこの場所を狙ったかのような破壊の跡。そして、ここだけが崩れたという異常さ── これが偶然であるはずがない。──何かがこの場に影響を与えたのではないか。 その可能性に気付いたエレナは迷うことなく動いた。 足元の不安定な岩を慎重に避けながら、一歩、また一歩と崩落した地形へと向かう。吹き荒れる風が砂塵を巻き上げ、視界を曖昧にする中、エレナは身を低くしながら慎重に進んだ。 岩の裂け目をなぞるように指先を滑らせ、砕けた破片の中に何か異変がないかを探る。──この地形の中に、まだ隠された手がかりがあるはずだ。 エレナは崩落した地面の縁に膝をついて、散らばる鉱石の破片や不自然な亀裂を見つめた。──これは外部の圧力からきたものではない。「この崩壊、内部からの何かが原因ね。普通の地盤崩落とは違う。地面の内部で何かが起きたとしか思えない」 エレナの口調は揺れながらも、どこか確信めいたものがあった。 リノアがエレナの後を追い、傍らにしゃがみ込んで亀裂を覗き見た。「あれっ、これって……」 リノアが亀裂の中にある物体を注視した。 周囲の岩とは異なり、不自然なほど丸みを帯び、滑らかな光沢を放つ鉱石。 かつてこの辺りが海だった歴史はなかったはずだ。岩や鉱石が、ここまで丸くなることは有り得ない……。 リノアは腕を伸ばしかけて、ふと動きを止めた。破片の表面に粘つく光が見えたからだ。 鉱石から手を引いたリノアは

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ④

     旅人たちの救護を終えたリノアとエレナは崩れ落ちた土砂の下を覗き見た。 崖の下──そこには、滑落した者たちの姿があった。 動く気配はない。 この高さから落ちたのなら、助かる可能性はほぼないだろう。たとえ生きていたとしても、あの場所にまで降りる術はない。 リノアは崖下に横たわる旅人たちを見つめ、拳を握りしめた。 助けたいとは思う。だけど斜面があまりにも不安定だ。 斜面は崩れた岩や土砂が不規則に積み重なっている。一歩踏み出せば、自分たちも命を落としかねない。「リノア、諦めよう」 エレナが険しい表情で地面を見つめた。「分かってる。でも……」 リノアは唇を噛み締めて、ゆっくりと目を閉じた。 風が吹き荒れ、砕けた岩の破片が足元を滑り落ちて行く。 まるで、この場から退けと言わんばかりに……。 風が吹き荒れる中、リノアとエレナは、その場に立ちすくんだ。──助けを求める声は、もう聞こえない。きっと、もう亡くなってしまったのだろう。そうであって欲しい…… 沈黙が続き、風が荒涼とした崖の奥底へと吹き抜けていく。「こんなこと、起こるはずがない……」 リノアは天を仰いだ。 決して大雨が降ったわけでも、ここ最近、天候が不安定だったわけでもない。一体、何が原因で崖が崩れたというのか。 リノアは視線を崩れた岩壁へと向けた。 エレナも沈黙したまま立ち上がって、周囲を慎重に見渡した。「雨のせいじゃないよね。風が強いといっても、これほど大規模な崩落を引き起こすわけがないし」 エレナの言葉にリノアも深く頷いた。 地面には亀裂がいくつも走っている。 リノアはしゃがみ込み、砕けた岩をそっと指でなぞった。「……この崩れ方、自然の侵食じゃない」 エレナも同じように岩を触り、険しい表情を浮かべる。「地震……? いや、そうじゃなさそうね」 そう言って、エレナは視線を遠くへ向けた。 崖の向こう──まだ険しい地形が続いている。しかし、そこには異変は見当たらない。岩壁はほぼ無傷で、崩落の跡もない。 それなのに自分たちのいるこの場所だけが、無惨にも崩れ落ちている。 リノアも気付いたようで、ゆっくりと顔を上げた。「……なんで、ここだけなんだろう?」 リノアは崩れた地面を見つめ、喉を詰まらせた。──地震ではないとしたら一体、何が? 崩れた岩壁の向こうに広が

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ③

     視界は白く閉ざされ、空と地面の境界さえ曖昧になっている。 リノアは腕で顔を覆い、隙間を探した。だが、どこにも通れる場所がない。 行く手を阻む土砂の山── すぐ近くにいたはずの旅人たちの姿が跡形もなく消えている。 声も──消えた。 ついさっきまで響いていた足音や叫び声さえ、風の音に呑まれ、遠い虚空へと消えていってしまった。 リノアは僅かな希望を頼りに周囲を見渡す。しかし、霧のように揺れる砂塵の向こうには、誰の姿も見ることはできなかった。 道が完全に塞がれている。逃げ場は、どこにもない。 孤立したのだろうか── 辺りは風が渦を巻くように吹き荒れている。 砂塵の壁が徐々に薄れ、景色が輪郭を取り戻し始めた。だが、その光景は以前とはまったく違っていた。 荒々しく変わり果てた地形── 崩れ落ちた土砂が無残にも道を塞ぎ、岩と土の塊が不規則に積み上げられている。 リノアは周囲を見渡した。 視界がまだ完全には戻らず、砂塵がわずかに漂っている。その中で、ふと目に入ったのは── 割れた地面から散らばる細かな鉱石の破片が、かすかに光を反射している。その光の中に強く光輝くものがあった。 地面に突き刺さった一本の短剣。そして、その場に横たわる一人の姿──「エレナ!」 リノアは息を荒げながら駆け寄った。 砂塵にまみれながらも短剣を掴む手には、まだ力が残っている。エレナは滑落しかけた瞬間、反射的に刃を突き立てて、自らの身体を支えたのだ。 リノアがエレナのそばに膝をつくと、エレナはかすかに顔を上げた。「死ぬかと思ったー」 その言葉には、安堵とほんの僅かな笑みが浮かんでいる。「エレナ、立てそう?」 リノアはエレナの腕をそっと支えながら尋ねた。ここは危険だ。安全な場所へ移動しなければ。「なんとかね」 エレナは短剣を引き抜くと、ゆっくりと立ち上がった。 リノアはすぐさまエレナの腕を掴んで、エレナと一緒に崩れた地面を避け、慎重に歩いていった。「ここなら大丈夫」 背後に比較的しっかりした大きな岩がある。安全なはずだ。「ありがと、リノア……助かった」 エレナは岩に背を預けると、小さく息を吐いた。 リノアはほっとし、笑みを浮かべると、再び周囲を見渡した。「誰かいる……!」 リノアが震えた声で言った。 岩の合間に旅人たちが横たわっている。「

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ②

    「エレナ、早く峠を越えよう」 リノアは緊張を滲ませながら言った。 その時、足元の地面が微かに揺れた。 リノアは反射的に歩を止め、エレナと視線を交わす。 それは、ほんのわずかな揺れ── しかし、それだけで空気の張り詰め方を変えるのは十分だった。 風の音が強まる中、二人の間に沈黙が落ちる。 リノアは息を整え、もう一度峠の先へと視線を向けた。 胸の奥に沈んでいた違和感が次第に輪郭を持ち始めてくる。──この感覚は一体、何だろう。大地の中の何かが静かに息を潜めているかのような…… 風が激しさを増し、背後の木々が二人を急き立てるようにざわめき立てている。 とにかく前へ進もう。それ以外に選択肢はない── 足元の岩肌がむき出しになった坂道を二人は迷いなく踏み出した。 道はすでに崩れかけている。 リノアが地面に足をつく度に細かな小石が崖下に転がり落ちていった。その軌跡を追うように流れていく細かな砂粒────早く、この場から離れなければ。 リノアは瞬時に判断し、走り出した。 エレナもリノアの後に続く。 乱れる呼吸、吹き荒れる風の轟き──すべてが混ざり合い、世界が騒然とした音に包まれる。 しばらく走っていると、峠を越えようとする旅人たちの姿が前方に見えた。彼らも異変に気付き、焦るように足を速めている。「気をつけろ! 崩れるぞ!」 誰かの叫ぶ声が聞こえた。 その瞬間── 雷鳴のような音が響き渡り、崖の一部が崩れ落ちた。「走れ!」 旅人たちが一斉に駆け出す。 岩が崩れ落ちる音が背後から聞こえたかと思うと、瞬く間に視界を奪い去った。 砂塵が舞い上がり、前方を覆ったのだ。「くそっ、前が見えない!」 誰かの声がかき消されるように風に巻かれる。 リノアはその声を頼りに視線を向けたが、舞い上がる砂塵の中で影しか見えなかった。 ここで足を止めれば、そのまま飲み込まれてしまう──「走って! 立ち止まったら危ない!」 リノアは咄嗟に近くにいた旅人の腕を掴んで、荒れた道を駆け抜けた。「リノア、こっち。道を塞がれる前に駆け抜けて」 エレナは息を荒げ、力強く言葉を発した。 だが、その直後、轟音が響き渡った。大地が揺れ、岩が滑り落ちる音が背後に迫る。 先ほどとは比べ物にならない大きな音……。 崖が崩れ、岩が猛然と滑り落ちてくる。「逃げて!

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